12345678910111213141516171819202122232425262728293031
個別記事の管理-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
* Category : スポンサー広告
Comment : (-) * Trackback : (-) |
個別記事の管理2014-04-26 (Sat)
おはようございます^^

今週は舞踊に酔った一週間でした



先週は南アジア古典舞踊祭でインド古典舞踊を鑑賞し、(前述)





土曜日はカタックダンスワークショップで生シタール・タブラーと美しいカタックパフォーマンスを体験、(そのあとカレー



シタールもタブラーも音が空間をしばらくもわんとさまよう感じが、酩酊を誘います。

そして水曜日は大学の先輩でもあるオディッシーダンサー、小野雅子さんのダンスパフォーマンス@インド大使館、(そのあとカレー



雅子さんは自分でオディッシーダンスに現代風なアレンジを加えていて、こんなダンスもあるのか~と吃驚。

そして翌日は小麦粉でハルワーअटे का हलवाというお菓子作り。よくシーク教の寺院などで施しとして配っているインドを代表するお菓子です。ギー(油)、粗糖、牛乳、レーズン、ナッツ、カルダモンで作ります。
教授曰く「甘さがまだまだ!僕はこのくらいの甘さの方が好きですけどね・・・」、あのどぎつい甘さはどうしても難しいですね。こんなに砂糖入れていいの?いいの?という罪悪感でいつもレシピよりも少なめに砂糖の量を変えてしまうのです・・・笑

20140426113635c9c.jpg


さらに昨日は友人の最終公演とのことで妖艶なスペイン舞踊をカンテの朗らかな謡とともに鑑賞してきました。(そのあとカレー、となりそうでしたがさすがに胃がヘトヘトwでキャンセル笑)

そして明日26日と明後日27日はパキスタンフェスティバルです!
これはパキスタン大使館主催の上野公園で行われる大大大大イベントです↓↓↓
パキフェス2014
私は27日の16時~いやしくも出演させていただく機会に恵まれましたのでぜひ…照 ちなみにアントニオ猪木さんの次のプログラムです。

そして5月にはカタックの巨匠、インド人間国宝のPandit Birju Maharaj師の来日公演を鑑賞します。
昨日ゼミでカタックの歴史に関する文書を読んでいたのですが、Maharajという名前が歴代のカタックのグルには多い気がします。おそらく同じ一族が歌舞伎の一家のように舞踊一家として代々踊り続けているのだと思いますが、もう少し調べてみます。



20140426113738b57.jpg


ゼミではなんと先生と二人っきり!マンツーマンでお話ができます。お菓子とコーヒーをつまみながら先生からインドの料理に関して、インド分割の捉え方、ウルドゥー語の勉強方法、いろいろと学ぶことができています(昨日は140分話し込んでいました、もちろん次の授業は遅刻、さらに爆睡してその授業は切りましたw)。

2014041700232106e.jpg
ちなみにこれはBengaliというお菓子屋さんのお菓子です。

先生からの膨大な知識量に触れるたびに思うのは、いかに私が覚える努力なしに大学生活を過ごしてきたか、ということです。やはり知識を蓄えようとするにはそれなりの痛みというか脳に刻み込むdemandingな作業が必要です。多くの人がそうであるように、暗記作業は面倒臭いのでしばしば放っておかれるものですが、私もそれを怠っていた・・知識の蓄積は丸暗記ではない、と思っていましたが、確かにある程度まではそうかもしれません、分析、批評などは暗記の範囲を超えるさらに高次元のものです。が、分析をするのに必要なのは基礎知識、その定着には暗記という根源的な作業しか今の私には考えられないのです。

まあ三年生の今、この時点で気づくことができてよかったです。一つ一つ、与えられた知識を吸収して、アカデミックに生きていきたいと思います。
覚える内容が多すぎるるる~ので少しずつ、ゆっくりと

あっちなみにこんな催しもあるそうです@インド大使館
カタカリって男性しか踊り手が認められていなくて、日本の歌舞伎みたいです。



<今日のヒンディー語>
पुशतैनी adj 先祖代々の
スポンサーサイト
* Category : インド舞踊
* Comment : (0) * Trackback : (0) * |
個別記事の管理2014-04-17 (Thu)


こんばんは~♪(v^_^)v

いきなりバーンと笑

これは2014/4/14-17の四日間、様々なインド舞踊のダンサーが集い各々のパフォーマンスを行うという催し事、「インド独り舞う」という企画のポスターです。

実はこの企画に少しだけ参加することができました。このような機会を与えてくださった先生に感謝です。

世界各地もそうであるように、インドにも地域社会、文化慣習に根付いた伝統舞踊があります。日本で言えば、阿波おどり?などなど。

この催しでパフォーマンスされた舞踊の種類は以下の通り。

KATHAK
ODISSI
KUTIYATTAM
KUCHIPUDI
BHARATANATYAM

どれもその舞踊独特の衣装、動き、表現方法があり、同じインド舞踊とはいえ一くくりにはできない幅があります。

日本で普通に生活していたらこれらの舞踊の名前を耳にする機会すらないと思います(^o^;)

この企画のすごいところは

これだけのインド舞踊の日本人ダンサーたちがいるというだけでも驚きなのに、
各ダンサーの熟練度が舌を巻いてしまいうほど高いということ。

プロのダンサーさんたちのなか、素人の私たちが踊るのは何とも肩身の狭い申し訳ないような思いがしましたが、本格的なステージで、本格的な照明音響設備のなかダンスができたことは自分のなかで大変貴重な、胸のなかでこれからもずっと温めておきたい大切な経験になりました。

私自身は記憶力も良くないし、振りもなかなか覚えられなくて、ダンサーには向いていないと自覚していますが、それでもあのような舞台でパフォーマンスできたことは、『表現する』ということを考え直すきっかけとなりました。

形は違えど総ての人間は『表現者』であると思います。

ダンサーはダンスを通して、
書道家は書を通して、
弁護士は法廷での弁護を通して、
花屋は花を通して、
学者は研究を通して、
小説家は文を通して、
画家は絵を通して、
通訳者は言語を通して、
警察官は公務を通して、
ホストは夜の接客を通して(ここは要らないかw)、
俳優は演技を通して、
記者はリポートを通して、、、

人間は他者との関わりなくして生きていくことはできません。

他者に自分を理解してもらうには『表現』するしかありません。

いかに相手に自分の伝えたいことをその『表現』を通してできるだけ忠実に自分の思い描いたものとの相違を最小限にして伝えることができるか、

それは人間ひとりひとり、どんな職業にせよ、求められる表現方法に違いはあれど、努力によって高めていかなければならない点であると思います。

昨日のパフォーマンスのダンスでは
一人のダンサーが何人もの役を演じ分けていました。眼前にありありと何を表現しようとしているのかが思い描くことができるほど痛烈に、鮮明に。

恋人を待ちわびて恋い焦がれる少女、病魔にやられて苦しむ男、神に感謝を捧げる像、、

インド舞踊ではパントマイムがダンスと共に演出されます。タブラーや弦楽器の急き立てるようなピッチ、かと思えばシタールの伸びやかな音色、覆い被さる甘い歌声。そのような表情豊かなメロディーに沿って振り付けも表象されます。

インド舞踊はまさに目と耳、そして心に響く一続きの訴えかけであると私は感じました(どのダンスもそうだとは思いますが特に)。

もし機会があるなら色んな人にインド舞踊を鑑賞してもらいたいですし、私自身、インドだけでなく、世界の様々な舞踊というものを鑑賞してみたいです。

そして、自分が将来『表現』する分野での『表現技法』も日々研磨していきたいと思います。

<今日のウルドゥー語>
چھوکراm 少年、小僧
* Category : インド舞踊
* Comment : (0) * Trackback : (0) * |
個別記事の管理2013-09-23 (Mon)
こんばんは。
夏休みの前半は暇でしたが、後半になって色々と追い込みをかけられている今日この頃です。

前回述べたTOEFL試験についてもですが、
夏休み期間中に暗記しなくてはならないウルドゥー語の暗誦がノータッチであること、
バイトを二つ掛け持ちかつ大学の所属団体の活動日で自分のために割くことのできる時間が極めて限られているということ、
教授に返却しなくてはならない本がまだ100頁ほど残っていること(それはさほど緊急ではないw)、
買い溜めしたDVDと教授からもらったボリウッド映画を観終わっていないこと(贅沢笑)、
今読んでいる英語のホラー小説が面白すぎること((^_^;))、
ダイエットのためのランニング・筋トレの時間がバイトで埋まっていること

とにかくまあつまり後期学期が始まるまで自分用の時間がないのです。




そんな多忙?な日々ですが昨日、私にとっての夏休みのビッグイベントがまた一つ終わりました。

それがカタックダンスの発表会です。

実は私、カタックダンスという北インド古典伝統舞踊を習っています。

カタックダンスです。

कथकです。

کتھکです。

・・・
・・・・・・
(・。・;

カタックダンスとはかつて聖職者が神に捧げる神聖な舞踊として、そして時が経ってムガル王朝の王侯貴族を喜ばすための酒の余興で踊られるようになった伝統と歴史のある踊りです。
踊り子はもともとは男性でしたが今は女性も踊ります。
視覚的に視聴者を楽しませるための軽快なステップ・連続回転、それとは裏腹に指先まで意識の行き届いた繊細な所作・微妙な視線の動き・首の傾げ方、足に着けた鈴(グングル―と呼ばれます)がステップを踏むたびに楽器として踊りに華を添える、目でも耳でも琴線に触れる踊りであります。


私は初めて一年と少しが経ちますが、まだまだかかしが踊っているように動きも滑稽で冒頓というか研ぎ澄まされていないというか洗練が足りないのがすぐさまわかってしまう有様なのですが、
カタックダンサーである私の先生(日本人です)は静と動の調和が絶妙で、桜の散るようなしっとりとした手つきをしたかと思えば、ハッとするような勢いで回転を始め、一瞬一瞬の表情、手つきの変化から目が離せません。

そして昨日はそのカタックダンスの発表会でした。発表会とはいえ小さなものだったのですが、ほぼ初舞台の私たちは緊張しまくりのガチガチで本番を迎えました。
厳密に言えば私にとっては三回目の発表だったのですが今回が一番自分のベストを出し切ることができた発表会であったと思います。

snap_kknnyyrrknyr_20139122173.jpg

何かに打ち込むことってやはり素晴らしいと思います。
私がカタックダンスを始めた当初はカタックダンスが好きというよりは周りの勢いに流されて、そして魅力的な先輩や先生と一緒にお話をしたいという極めてあいまいな理由で習い始めて、途中インドに行ったりしてなかなかレッスンに参加できなかったときや、自分のダンスがあまりにも不恰好で先生のダンスとかけ離れていることにいやでも気付いてしまったときはもう辞めようかなともうっすら思いましたが、
昨日のように頑張って練習した成果が自分の中ででも構わないので達成できたときの爆発するような喜び・高揚感は、一日やそこらの急ごしらえの準備では到底賄うことのできないものだと思っています。

始めてみて、無理かもしれない・向いてないかもしれないと直感で感じることはあります。が少し踏ん張ってもう少し、あと5分でいいから続けてみよう…そんな心掛けが私は好きです。全てのことに対してそうしろというわけではありません(現に私も自分の豆腐嫌いは永遠に治らないと決めかかっていますし)。
ただ、諦めが早すぎるのは潔い、なんてきれいな言葉では表現してほしくないですね。諦めが早いというのは執着できないということ、無関心であること、そして自分に対して非常に失礼な態度であることだと私は考えます。恥ずかしいことです。
本だってそうです。読み始めはどんな本だってつまらないものです。そのつまらない部分を乗り切ってこそ、クライマックスの高揚感、溢れんばかりの最終頁に向けた期待感が膨らむのです。

とりあえず始めたものは最初の感覚が良くなかったからといって逃げ出さない。これはこれからの私のインド留学準備にも言えることです。諸突猛進になって周りを見る余裕がなくなる可能性もありますが、とりあえずはそのスタンスで頑張ります。

<今日のヒンディー語>
कसरत f 運動
* Category : インド舞踊
* Comment : (0) * Trackback : (0) * |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。