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個別記事の管理2013-09-15 (Sun)
9月8日から14日にかけて、広島・鹿児島・福岡を女二人旅してきました。
今回の旅のテーマは「日本を知る・食す・感じる」!

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高速バスを4本乗り継ぎ、合計乗車時間は36時間!!(首は直角によじれる)

温泉には5回つかり(サウナでは5分も耐えられず叫んで外に飛び出す)、
広島城・原爆ドーム・知覧特攻平和会館・大宰府を見学し、

宮島では登山をし(相方はまさかのクロックスで登頂)、
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鹿児島では眼科に駆け込み(相方、変顔しすぎてコンタクトレンズ遭難)、

郷土料理をたらふく頂きました(初日で牡蠣にやられる)。
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日本は小さな国と言われますが、移動するたびに町の風情、ことば、天候、建物の造り、車窓から見える景色が目に見えて変化していき、日本でさえも均質では成り得ないんだなと感じました。~は~だ、というような一義的な解釈ができるものはこの世にはないのかな。。。

広島の平和祈念資料館、鹿児島の知覧特攻平和会館を見学していやでも感じずにはいられなかったのが、戦前の日本と戦後の日本の根本的な思想の変化です。
「愛国心」、「大和魂」、「御国のために、、、」そのような言葉は今の日本からは随分遠くにあるように思われます。それが良いとか悪いとかいう意味ではなく、私はこれまで受け継がれてきたそのような日本の象徴的な精神が徐々に薄れゆくことがどうにも悲しいなあと思います。
そして自分自身も戦前の日本人がどのような心情で国のために奉仕していたのかがわからない、知ろうとしないままに閑暇な日常に埋没してきたことが悔やまれました。
「日本を知る」というのは、日本人である故に当たり前すぎてこんなにも難しい。


知覧特攻平和会館では若き特攻員の知覧飛行場からの出征間際のエピソードが数多く残されています。その中の一つで、特に私の心を強く打ったものを紹介します。

――――――――――
阿部正也少尉は昭和20年4月29日、沖縄本島に向け特攻隊員として知覧飛行場から出征しましたが、飛行機のエンジントラブルに見舞われ、本土から南西60キロに位置する黒島に大きなけがを負うことなく奇跡的に不時着に成功しました。
黒島にはもう一人、阿部少尉よりも先に出撃した柴田信也少尉が、全身に大やけどを負って島民の治療を受けていました。しかし、本土から遠く離れた小さな島には満足な医療用品もなく、柴田少尉は生死の境を彷徨っていました。そんな柴田少尉の様子を見た阿部少尉は、救えるかもしれない命をみすみす見逃すわけにはいかないと、黒島から本土への帰還を訴えました。ですがエンジンの付いた船は軍に徴用され、残っているのは手漕ぎ船だけ、しかも直線距離60キロとはいえ黒島から鹿児島までには黒潮の急流が流れ、渡航は非常に困難であると村人は反対しました。
そんな村人の中から、安永克己という阿部少尉と同じ21歳の青年が、阿部少尉のために舟を漕ぐと申し入れました。安永克己と阿部少尉は翌日、本土に向け出発しました。安永克己は午前11時から翌日の午後7時までの30時間を休むことなく舟を漕ぎ続けました。阿部少尉も自分のために舟を漕ぎ続けている青年のために、知りうる限りの軍歌を歌い続けました。そして、奇跡的に阿部少尉は再び本土の地に戻ることができたのです。

5月4日の朝、黒島の上空を特攻機が1機、高度を下げ、その上空を旋回し始めました。島民がなんだなんだとその様子を眺めていると、その特攻機から大きな袋が投げ出され、荷物が無事着地したことを認めると飛行機は大空に羽ばたいていきました。


その袋の中には火傷の薬がたくさん詰められていました。重度のやけどを負っていた柴田少将はその薬で見事回復を遂げました。



阿部少尉はその日、沖縄の会場に出撃し、散華しました。
――――――――――

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戦前の日本人の精神とは何かを考えるにあたり、このエピソードは私に大きなヒントを与えてくれました。見返りを求めない命を賭した無償の奉仕。
もっと自分の国への理解を深めて、もっともっと自分の国に誇りを持てるように、そして国のために散っていった若い人々が命を懸けても守り抜こうとした日本を次は自分たちが担っていくのだと、強く自覚しました。



さて、今日から再開!
<今日のヒンディー語>
तिजोरी f 金庫
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