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個別記事の管理2014-02-04 (Tue)
こんばんは(*^▽^*)

深夜にネットですよ笑

さてと、ただいま大学の方ではテスト期間らしいです←
私はとってる授業もさほど多くはなく、かつレポート課題の授業が多いのでテスト期間とはいえゆる~く過ごしています。

とはいえさっき4000字レポートを書き上げたばかりなですけどね(^_-)

結構集中したので3時間ちょっとで完成できました。文化文学概論、という授業で文学作品を取り上げ、作品のなかに用いられている比喩表現について分析せよというレポート課題でした。

わたしが取り上げたのは梶井基次郎の『檸檬』チョー短い話ですwww

…が、深く読み込めば読み込むほど奥が深い。(@_@)



主人公の行動だけたどったら意味がわからないただの不可解な言動が、彼の生い立ち、精神状態、身体状況を照らし合わせるとなるほどがてんがいく…というものです。

ざっとあらすじを以下に示します。

主人公は何に対しても意欲が湧かず、未来に、現状に、そしてこれまで楽しみを見出してきたものにさえ無関心になる、そんな得体の知れない虚無感に襲われている。金銭的にも困窮し、安静第一を余儀なくされ、京都の小路を放浪しながら主人公は妄想の中で窮屈な生活強いられている自分自身を見失うことに興じていた。

薄暗闇の中にある果物屋に立ち寄り、主人公は檸檬を買った。その檸檬はいたって普通の檸檬に過ぎないが、その純色とありふれた形状に主人公は心惹かれた。その檸檬の冷たい触感、爽やかな香りは病気で火照った主人公の体を癒した。
檸檬によって幾分か憂鬱な気分を紛らわすことができた主人公は、長らく遠ざけていた丸善に入ってみることにした。しかし、かつて情趣を覚えたはずの代物の数々を前にしても主人公の気分は逆に閉ざされていくばかりであった。画集のコーナーでは棚から本を引っ張り頁に目を通し、その行為があらかた終了して目の前に山積みになった本に、ふと先ほど買った檸檬を添え置いた。檸檬の澄み渡る黄色は色とりどりの本の山の中で、雑然とした色の体積を吸収し一体感を持たせていた。

そこで主人公は突飛なアイデアを思いついた。彼はその檸檬を本の堆積の上に残して丸善を後にしたのである。たった一つの檸檬が丸善の雑多な店内の空気を一掃することを妄想に抱きつつ、主人公は微笑みながら路地を歩いて行った。


…行動だけをおったらまじで意味不明ですよねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

そして私がいろいろな紆余曲折を得て調べ上げた梶井基次郎の背景知識その①

梶井基次郎は明治34年大阪で生まれた。七歳の頃に急性腎臓炎で死にかけ、さらに十九歳の頃には肋膜炎を発症し、通っていた高校を落第、一年間の療養生活を送る。さらに肺尖カタルの診断を受け、学業の中止を周囲から勧められるも復学。この頃より西欧文化に刺激を受け、遊郭に出入りするといった放蕩生活を繰り返し、自己嫌悪に陥る。二十二歳で飲酒が理由で学問に専心できなくなり、謹慎期間に入る。その後雑誌や同人誌で作品を書き始め、大正13年、二十四才の頃に『檸檬』が[青空]の創刊号で巻頭を飾る。その後、新作を書きあぐねて神経衰弱になる。以降は日本の近代文学を支えることとなる島崎藤村、荻原朔太郎、川端康成らと親交を深める。三十歳で初めて原稿料を貰い、その翌年病状の悪化により死亡、三十一歳。

背景知識その②

梶井基次郎の家族構成としては父、母(再婚)、祖父、祖母、兄、基次郎、(異母)弟順三、弟芳雄、弟勇生、弟由吉、(異母)妹八重子である。基次郎が十二才の頃祖母が肺結核で死去、十四才の頃に芳雄が脊髄カリエスで死去、十六才の頃に兄が結核性淋巴腺炎で手術、二十三才の頃八重子が結核性脳膜炎で死去、二十五歳の頃に自身も結核病が進行し血痰を吐く。このように基次郎だけではなく彼の家族構成員は病に伏して生を全うできない、または病気によって生に支障をきたす者が多くいた。このように近親者が病に倒れていく環境で、自身も病魔に侵された梶井自身には健康を脅かす病魔に対して尋常でない恐怖があったであろうと感じられる一方で、健全であることに対する強い憧れもあったに違いない。


以上を統合してもう一度この不可解な行動を捉え直してみると(途中経過削除)以下のような結論に至りました。

『檸檬』という作品は、主人公の行動だけを追っていけば、主人公が散歩の途中で買ったばかりの檸檬を丸善の画集の山積みになったところへ置いて帰ってきた、という極めて単純な構成である。しかし注目したいのは作品の最初と最後の主人公の感情の変化である。作品前半は‘不吉な塊’と形容されるように自分の過去にとらわれ鬱屈していた感情が、作品後半、つまり檸檬を置いて丸善から出てきた時点にはこうなっている。変にくすぐったい気持ちが街の中の私を微笑ませた。つまり、主人公は過去の自分の価値観を現在の価値観で破壊することで、縛られ続けていた自己嫌悪からの解放を期待しているのである。

┌(┌^o^)┐

久々に日本の文学作品に真っ向勝負を挑んだのでうまく読み解けているかはわかりませんが、それにしても日本文学は読者に多くを任せるところがあるので、それがまた難しいですし、ある人はある本を高く評価し、一方である人はその本に駄作という烙印を押す…

まあ日本文学に限った事ではないかもしれませんが、日本文学作品はそのような傾向が顕著かなあと思います



とまあジコマンな投稿になっていますが、報告がもうひとつあります。英文提出書類がすべて完成しました!!!!!

あとは大使館に送るだけなんですけど、なにせA4茶封筒に入り切りませんΣ(゚д゚;)

なぜならば…A4 392枚 にも提出書類枚数が及んでしまったからです。



目下の悩みどころはどうやってそれを包装するかっていう贅沢な悩みです。

とうとうここまで来ました。あとは大使館に行ってテストと面接が待っています。

あともう少し。最近はインドの生活についての理想と期待が高まりすぎて毎日インドのことを考えています。絶対インドに行きたい。

それでは近況報告もほどほどにしてまた後日連絡致します。


夜分遅くに失礼いたしましたー
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